道徳経

「無為」は何もしないことではない――行う・減らす・無理に動かさないの判断

無為は消極的な放置ではない。第37章から、必要な行動、介入の削減、強制の停止を判断する方法を読む。

道は常に作為せず、しかも成らないものはない。これを守れば万物は自ら化する。『道徳経』第37章

直接の答え:無為が退けるのは余計な強制であり、必要な行動ではない

第37章は「無為」と「無不為」を並べる。動作をゼロにするのでなく、不安、所有、誇示から生じる作為を減らす。欲が動いた時には「名もなき樸」で静めるとも述べ、条件を守ること自体が行動だと分かる。

怎样判断该做还是该停

まず介入しなければ誰が害を受け、どの約束が失われるかを問う。明確な害や義務には行動する。次に、障害を除くのか、自走する過程を何度もかき回すのかを見る。援助が支配にならない終了条件も決める。第37章を参照したい。

适用边界

無為は怠慢、職務放棄、不正への沈黙を正当化しない。必要部分を正確に担い、依存や反作用を生む部分を退ける。六経研究一覧で行動の別の答えも比較できる。