自由論
危害の可能性があれば必ず禁止すべきか――危害原理は議論の出発点
他者への危険は、禁止を自動的に正当化しない。ミルから、証拠、手段、同意、比例性、より限定的な代替策を検討する。
他者の利益への損害、または損害の可能性だけが社会の干渉を正当化しうるからといって、それがつねに干渉を正当化すると思ってはならない。『自由論』第5章・適用
直接の答え:危険は議論を始めるが、結論を代行しない
必ずしもそうではない。ミルは、他者の利益への損害またはその可能性がなければ社会的干渉を正当化できないとしても、それがあれば常に干渉できるわけではないと明記する。就職、試験、取引、競争は、他者に失望や損失をもたらす。予見可能な損失をすべて禁止理由にすれば、自由な行為の余地はほぼなくなる。
『自由論』第5章は、「損失があるか」から「どの利益が、どの手段で損なわれ、どの程度の介入が妥当か」へ問いを進める。公正な競争で一人が選ばれれば別の人は失うが、社会は通常それを認める。詐欺、背信、暴力が用いられれば判断は変わる。
結果、危険、危険を生む手段を分ける
同じような悪い結果も、異なる過程から生じる。公正な競争で敗れること、情報を得て危険を引き受けること、欺かれて損失を負うことは、結末がつらいというだけで同じ扱いにできない。発生確率、深刻さ、証拠の質、影響を受ける人の同意可能性、選べない人へ費用を押しつけていないかを併せて見る。
自由は危険ゼロを意味しない。交通、医療、雇用、革新には除去できない不確実性がある。問うべきは、同種の活動で通常認める水準を超えるか、情報、設計、保険、より限定的な規則で減らせるか、禁止自体が何を損なうかである。
比例性を確かめる五段階
「有害かもしれない」で止めず、想定される被害者と損失を具体化する。確率と深刻さを見積もり、不確実な部分を示す。詐欺、強制、能力不足、退出不能がないか確かめる。警告、情報開示、場所の規則、許可制、禁止まで複数の手段を並べる。最後に効果、副作用、執行負担を比較する。
この手順は難問に唯一の答えを与えない。しかし「危険がゼロでない」から「全面禁止」へ飛ぶのを防ぐ。
予防にも境界が必要である
損害が起きるまで待つのでは遅い場合がある。不可逆で、巨大で、多数へ及び、潜在的被害者が自ら守れない危険なら、事前措置を支持しうる。ただし予防は理由を示す義務を消さない。措置が強いほど、より限定的な方法では不足する理由、見直し、期限、訂正の仕組みが必要になる。
新しい技術や公衆衛生では情報が不完全になりうる。危険が確定したふりも、情報不足を安全の証明にすることも避ける。仮定を公開し、可能なら可逆的な措置から始め、証拠に応じて更新する。
ミルは危険計算機ではない
危害原理は強制を制限する政治原理であり、確率と結果を掛ければ政策が出る公式ではない。権利、分配、公正、制度への信頼、歴史的な権力差も判断を形づくる。価値は、規制を求める側に危害と比例性を説明させ、自由を求める側にも現実の外部費用を直視させる点にある。