バガヴァッド・ギーター
バクティとは具体的に何か――第12章が愛・能力・衆生の福祉を結ぶ理由
バクティとは具体的に何か――第12章が愛・能力・衆生の福祉を結ぶ理由
いかなる生き物も憎まず、友好的で慈悲深く、所有心と自己中心性を離れ、苦楽に平等で忍耐強い者――『バガヴァッド・ギーター』第12章13節
先に答える――帰依は能力と他者関係へ入る
第12章は心と知性を神へ置くことを語るが、バクティを感情内に残さない。12.13節以降は、不憎、友愛、慈悲、非所有、非自己中心、忍耐という観察可能な性質を挙げる。12.4節も衆生の福祉を喜ぶことを含む。感情の強さだけでなく、愛する方向が注意、行為、他者への接し方を変える。
章は能力差を認める
12.8節が難しければ12.9節は反復修習、さらに難しければ12.10節は神のための行為、12.11節は行為の果の放棄を示す。第12章は能力不足を辱めず、今入れる入口を段階的に与える。
今日の三行為へ移す
仕事前の一呼吸を想起の動作にする。相手へ負債を要求しない奉仕を一つ選ぶ。関係での所有衝動を、支配でなく質問へ変える。夜に、より正直に、差異に耐え、他者の福祉を守れたか見る。これは当代的練習で、祈りや儀礼の代替ではない。
慈悲は迎合ではない
憎まないことは被害の否定ではなく、赦しは自動的な信頼回復ではない。境界を設け、危険から離れ、権力乱用を報告しながら、復讐を帰依と混同しないことはできる。奉仕は相手の主体性と自分の能力限界を尊重する。
境界――信仰は責任免除にならない
欺瞞、支配、被害者の無視を伴う熱情は、「愛が動機」というだけで検証を免れない。第12章の人格基準で結果を問える。平等の眼と併読すれば、神への方向と具体的福祉が互いを確かめる。